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静寂と悲しみの訪問者、雪のお話

こんにちは、梢です。3000文字チャレンジ、今回は帰省と重なっているので、どうしようかなあ、なんて考えていました。

一昨日、車で大阪→下関へ移動しました。

これが昨日じゃなくて良かったです。昨日から大寒波で、下関市内でも昨日はかなりの雪が舞っていました。

雪の舞う中、車を運転していると。

私の中にフラッシュバックしてくるものがあります。

本来、胸の中にずっと閉じ込めておくべきなのでしょうが、私を取り巻く様々なこと全てに向き合おうかなと思い、そして今後力強く進んでいくために、あえて書くことにしました。

私の中の雪のイメージは、楽しいものではありません。ブログのためとは言え、それを無理して楽しい話題を装ってもきっとダメなんだろうと。

ちょっとだけ、えむるさんの「葬ろう部」に寄稿しようかとも思いましたが、今回は自分の所で「葬ろう」と思いました。

 

悲しい話が苦手な方は、ここでストップしてくださいね。

 

ある年のお正月。その頃私は会社員で、お正月休みは友達や家族と存分に楽しんでいました。

お正月休みもそろそろ最終になる、ある日。

母とショッピングを楽しんで夕方自宅に帰ると、電話が鳴りました。私が電話に出ると、

熊本県警ですが、○○さん(姉の名前)のご家族ですか?」

これを聞いた瞬間、私の中では今後の話の展開が読めてしまい、一瞬にしてゾッとしました。

あまりに突然すぎる姉の訃報。そう、身元確認のために向かわなくてはならなくなりました。

母はなかばパニック状態のまま、私が車を運転して向かうことになりました。

下関から熊本、高速なら3時間程度です。なんとか今夜じゅうには着くだろうと、出発前には思っていました。

一瞬、泊まりになりそうだから着替えも用意しようと考え、やめました。

パニックな母の横で、そこまで冷静に事態に対応している自分が、なんだか冷酷な人間に思えてしまったのです。でも、時は待ってくれません。とりあえず出発です。

高速道路に乗り、福岡県に入ったあたりから、雪が降りはじめました。

天気予報なんて一切見ていませんでした。まあ、なんとかなるだろうと進みました。

しかし、九州地方だというのに、ありえないほどの雪。間もなく、高速道路の電光掲示で、降雪のため九州道が閉鎖になると書いてありました。仕方がないので、福岡都市高速に乗り替え進もうとしたのですが、そこも閉鎖になるとのこと。

太宰府で下りることになりました。

太宰府インターから、佐賀県鳥栖インター。ネットで調べてもらえばわかりますが、十数キロの距離です。

でも、目の前に広がっていたのは。

夜、真っ暗な中、高速道路からおりてきた車でごった返し、文字通り全く動けない。

雪だけは残酷に降り続け、車の列以外はどんどん雪が積もってゆく。

ここは九州なのに。しかも、つい1~2時間前にはこんなことになるような予感さえなかったのに、異様としか言えない世界。

そして今、私たちは急いでいるのです。

なのに、なのに、雪が行く手を阻んでいる。

母は取り乱し、憔悴しきっています。

私は、冷静でいなくてはならない。1時間で1メートルも進まない、絶望の渋滞の中で。ただただハンドルと少し先を見つめるだけ。それ以上、何もできません。

一睡もせず、何時間も、カタツムリ並みの速さでズルズル進むだけの状態が続きました。

明け方になる頃、少しずつ、少しずつ進みはじめ、ようやく渋滞から抜け出しました。そして、ようやく一般道から鳥栖入り口を見ることができました。

どこが入り口かもわからないほど、雪国のように雪が積もっていました。

そのまま一般道をさらに進み、熊本に着いたのは10~11時頃だったと思います。

熊本市内は晴れていて、道路の雪はほとんどありませんでした。今まで通ってきた場所とのギャップに驚きました。

 

父は、仕事先から駆けつけていて、ここで合流しました。

姉との対面。ドラマのワンシーンを見ているようでした。

泣き崩れる両親の後ろで、まだ気が張っていて、悲しめない。

傍観者のように立ち尽くしていました。

自分でも不思議な感覚でした。泣いてもいいはずなのに、何か変に「冷静でいなければならない」という使命にとらわれていたような気がします。

 

様々な手続きや、話などがあり、夕方になる前に、両親と姉が一緒に戻ることになり、私はビジネスホテルで一泊してから明日帰ることになりました。

ここまで、まだ一睡もしていない状況が続いています。

気力がやや抜けたまま、泊まる用の日用品を少し揃え、ご飯を買いにコンビニに寄りました。食べる気もしなかったのですが、なんとなくお弁当を選びました。

今日は、一睡もしていないのに、怖くて眠れる気がしない。

そうだ、お酒を買おう。ビールに目がいきましたが、ダメだ、あんなのじゃ足りない。900mlの紙パックの日本酒をとっさに選び、ホテルへと戻りました。

 

やっと、ひとりきりになり。今まで堪えていたものが一気に飛び出しました。

怖くて、悲しくて、押し潰されそうな感覚。

もう、泣いて、泣いて、心許せる限られた友人に電話をかけて。また泣いて。

とんでもないペースで日本酒を煽り、疲れきったまま寝てしまいました。

朝、親からの電話で起こされ、洗面台の鏡で自分の顔を見ました。

なんて、醜い顔。泣きすぎのせいか、飲みすぎのせいか、目も顔もパンパンです。

情けない。でも、早く帰らなければならない。急ぎ支度をしました。

 

帰りは九州道も通れるようになっていました。まだ路肩には雪が残っていましたが、早々と日常を取り戻しつつある風景。あの2日前の大雪はなんだったんだろうと、思わずにはいられないほどでした。

 

そうして、私は家に戻り、姉を見送ったのです。

そのあたりの話は、世間一般的なものなので、割愛させてもらいます。

 

私の、雪との壮絶な思い出。

年が明ければ、もう16年になります。ポッカリと大きく開いてしまった心の穴も、数年も経てば結婚、出産、育児などに追われて思い出すことも少なくなりました。

でも。

大雪のニュースなどをみると、ふいにフラッシュバックしてくるのです。

心が震えて、怖くて怖くて仕方ないのです。

あの一晩のことを、この先一生忘れることはないでしょう。

 

でも。ここで葬って、もうひとつ先に進みたい。そう思うようになりました。

Twitterを始めて、色々な方のブログを見て、色々な方の生き様を見て。

本当に、勇気づけられているのです。

こんなちっぽけで、小心者で、母親であるのに、たいしたこともできないで、カッコ悪い状況で、それでも私は生きていかなくてはならない。

 

実家の両親にも、思えば強がりすぎていたのかなと。姉の分まで、親を支えなくては、姉の分まで、親を楽しませなくては、と。

でも、実際はそんな事は無理でした。姉の代わりもいないし、私は一人分でしかない。ひとりで焦って、ひとりで頑張り過ぎていたように思いました。

そういうのも、全部自分の中で受け入れていかなくてはいけないのかな、と思いはじめました。ありのままで、今自分にできる精一杯のことをしていくべきなんだろうと。

 

そう、降り積もった雪が溶けゆくように、自分の心もゆっくりと解けていきたい。

今すぐは無理かもしれませんが、そうやって生きていきたい。

 

こんな重たい話をしてしまって良かったのだろうかと、今でも悩んでいます。

見たくなかった、聞きたくなかったという方、ごめんなさい。

でも、もし似たような境遇の方がいて、何かの気持ちが動くことがあれば、幸いです。

 

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。