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或る蜜柑の木のお話

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これは、とある田舎の一軒家の庭の片隅に植えられていた、あるみかんの木のお話。

アルミ缶の上にあるみかん、とか言わないよ。

 

これは、まだ昭和の頃からのお話。

私がいつからこの家に植えられていたか、よく思い出せません。

気が付いたときにはここにいました。

この家は古い古い平屋建ての借家。ここの住民は、優しいおばさんと娘さん。

ご主人は早くに亡くなってしまいました。おばさんは、色褪せたセピア色の写真をいつも眺めていました。古い、とても若い頃のご主人の写真です。本当に、大事に想っていることが私にもよくわかりました。

娘さんは、少し目が不自由です。なので、ひとりでは日々の暮らしもなかなか大変です。

おばさんは、働きながら娘さんを大事に大事にしていました。

決して裕福とは言えない暮らしでしたが、私を含め庭の木たちを大事に手入れしてくれましたし、何事にも感謝して日々を暮らしていました。心の美しいおばさんの家の木になれて、本当に嬉しかったです。

おばさんのお仕事は、そろばん教室の先生です。

週に3回、近くの公民館に行き、子どもたちにそろばんを教えていました。おばさんはとても優しく、子どもたちにとても慕われていました。子どもたちは「先生」とは言いません。いつも「おばちゃん」と呼んでいたそうです。

「おばちゃーん、できたよー。」

「おばちゃん、こっちも教えてー。」

昭和の終わりの頃が、一番教え子が多かったようです。おばさんは、そろばん教室がある日は嬉しそうに出かけていきました。

年末にはお楽しみ会もやっていました。その日は両手に山ほどのお菓子とジュースを持って出かけていきました。みんなでワイワイお菓子を食べたり、簡単な出し物やフルーツバスケットみたいなゲームをしたり。おばさんは子どもの喜ぶ顔が大好きです。お楽しみ会が終わり、幸せそうな顔で帰宅してきたおばさんを見て、私まで幸せな気分になりました。

 

私が実をつけた時には、そろばん教室へみかんを持って行き、子どもたちにふるまいました。家で丁寧に皮をむき、タッパーに詰めて持って行きます。

でも、子どもたちは本当に私の実を喜んで食べてくれたのかしら?

だって、私は夏みかんなんですもの。

子どもたちからしたら、ちょっと酸っぱいな、とか思わなかったかしら?

ある日はお砂糖も一緒に持って行ってましたね。やっぱり子どもたちに何か言われたのでしょうね。

家では時々ジャムにしてくれましたね。私は嬉しくてちょっと実をつけすぎちゃった年もあります。ふたり暮らしなんだから、ちょっとはペースを考えた方が良かったですね。

 

平成になって。昔から通っていた子がだんだんと大きくなり、小学校を卒業する頃には、だんだんとみんなやめていってしまったそうです。中学生は部活や塾があります。長かったあの子がやめ、またひとりやめ…。新しく入ってくる子もたんだん減ってきました。持って行くプリント類も少しずつ減っていきます。おばさんは少し寂しそうでした。

でも、小学校入学前からずっと通っていた女の子がいて、その子は中学生になっても続けてくれたそうです。しかも、お友達まで誘って。女子中学生数人、あと少しの小学生。年齢差も関係なく、仲良くしてくれていたそうです。おばさんは少し元気を取り戻しました。

 

 その子たちも中学校を卒業するような頃、おばさんはおばあさんと言われるくらいの年齢になってきました。でも子どもたちは変わらず「おばちゃん」と呼んでいました。

 

それからちょっとして、おばさんは体調を崩してしまいました。年齢的なことも考えても、もうそろばん教室をおしまいにしなくてはいけない、そう思っていたみたいです。

でも、昔から通っていたあの子は、「自宅でもいいから続けさせて」って言ったそうです。どうしても出来る限り挑戦したいからって。熱意に負け、おばさんはこの家で小さな小さなそろばん教室を続けることにしました。そして、その子の親友も一緒に家に通ってくるようになりました。その子たちはもう高校生。夕方遅い時間しか来れません。でも、おばさんと楽しくお話したり、お茶を飲んだりしながら通ってくれました。

 私もずいぶん樹齢が経ち、すっかりおばあさんの木になってしまいました。おばさんもだんだん手入れが行き届かなくなってきていました。

でも、初夏にはがんばって実をつけました。それをおばさんと高校生の子たちで一緒に食べてくれました。

「うわぁ、おばちゃん、やっぱり夏みかんは酸っぱいね。」

「そうねぇ、お砂糖いる?」

「ううん、このまま食べるけどね。あぁ、この酸っぱさ。萩の夏みかんを思い出すね。」

 「そうそう。中学校のバス遠足の。あちこちで売ってたよね。」

 

そんな冬のある日。

いつものように通ってきたあの子たちと、おしゃべりしながらそろばんをはじきます。夕方、小腹も減る頃。おばさんは、ふと私のほうを見ました。

「あぁ、まだ夏みかんがなってる。食べてみようか?」とおばさんが言います。

「えぇっ、おばちゃん、今冬だよ?夏からずっとなってた夏みかん食べるの?」

「もう、夏みかんじゃなくて、冬みかんだね。」

「まぁまぁ、食べてみましょうよ。」

「まあ、食べてみるけど…。もう水分なくなってるんじゃないの?」

なんて、ワイワイ言いながら、私からなりっぱなしの実を取っていきました。

夏みかんを冬まで木に生らせっぱなしにしていたら、どうなるのでしょうか。

私本人でもよくわかりません。でも、おばさんたちは食べると言っています。

外皮をむき、中の皮もむいてみました。見た目はちゃんと水分があるようです。

ぱくり、あの子たちが食べてみました。

「えぇぇぇぇ。これ、甘い。めちゃくちゃ甘いよー。」

「ホントだ。夏みかんなのに、酸っぱさが全然ない。」

おばさんも食べてみます。

「あらぁ、ホントね。木に酢戻りしちゃったのね。」

私もびっくりしました。ずっと生らせっぱなしだと、酸っぱさがなくなる。おばさんたちが発見してくれました。面白いと思ったのもありますが、そうやって私を囲んで団らんしてくれているのが、ただただ嬉しくて。私の中の、大切な大切な思い出になりました。

 

そして、時はまた巡り。春がやってきました。

ついに、あの子たちが高校を卒業し、それぞれの道へと進んでいくことになりました。今度こそ、本当の本当に、おばさんのそろばん教室はおしまいになります。

「おばちゃん、今までありがとうね。」

「ええ、こちらこそ今までありがとう。がんばってね。」

私も、あの子たちの巣立ちをずっと見守っていました。

 

おばさんもすっかり「おばあさん」ですし、娘さんも「おばさん」の年齢になってきました。これからは、おばさんと、娘さんと、私の、静かな暮らしが始まります。

お疲れ様でした。これからは、ゆっくりと暮らしましょうね。

 

 

・・・・・・・・・

あらためまして、梢です。今回の3000文字チャレンジは、物語仕立てにしてみることにしました。でも、結局は実話ベースなのですが。なかなか皆さんのように、面白い創作の話が今は出て来ないのです。昔から小説などを書くのが好きだった私としては不本意なのですが。

この話は、本当に通っていたそろばん教室での思い出を、本当に先生の家にあった夏みかんの木の視点で展開させてもらいました。冬に食べたら甘かったのも面白くていい思い出です。

 この先生には、そろばん以外にも、たくさんのことを教えてもらいました。何事にも感謝することは、今でもしっかり私の中に刻まれています。あと、まだ学生な私達にこうも言っていました。いまだに忘れられません。

「子どもはたくさんいた方がいいのよ。育てるためのお金?心配しなくても、ちゃんと帳尻が合うくらいには入ってくるものよ。だから経済的な心配はいらないわ。」

先生、本当にありがとうございました。そして夏みかんの木も。

 

皆様も、読んでくださいまして、ありがとうございました。