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平成の最後に、愛を叫ぶの件

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3000文字チャレンジ、お題は平成。
今回でこぼりさん主催での3000文字チャレンジは幕を閉じます。

私は3000文字で発信することによって、己を見つめなおしたり、新たな出会いがあったり、本当に貴重な体験をさせていただきました。

新たな主催者の方での3000文字チャレンジにも挑戦させていただく所存ですので、今後ともよろしくお願いいたします。

 

 

平成の始まりの年は私が9歳になる年で、小学校低学年でした。わかっているようで、はっきりとは理解していなかった、新しい時代の幕開け。

この年、自分にとって大きな出来事がありました。

いとこの女の子が生まれたのです。母方のいとこの中で、唯一の平成生まれ。それまでは母方の孫の中では私が一番年下でした。一番下の子という、アイドル的ポジションを追われ、なんとなく寂しかった覚えがあります。年末に親戚で集まっても、注目の的はいとこの妹。

初めて間近に見る、乳幼児。すぐ泣くし、あやしても上手くいかない。ドラマやマンガで見るようにはいきませんでした。 この時、小さい子どもに対しての苦手意識が生まれてしまったように思います。翌年もいとこの妹はやってきましたが、ちょうど2歳前後のイヤイヤ期真っ只中。10歳年上のいとこの兄がてんてこ舞いでお世話をしていました。そのいとこの兄と1歳しか違わないのに、どうしてこんなに一生懸命お世話が出来るんだろう。今考えれば、毎日一緒に過ごしている兄がお世話に慣れてるのは当たり前だったのですが、ただただ自分が無力なように感じてしまったのです。

 

私は、将来自分の子供を愛することが出来るんだろうか。

小学生ながら、漠然とした不安がよぎりました。

そもそも、人と接することも苦手だったような気もします。決まった友達としか遊べない。狭い輪の中でもちょっとしたことで疎外感を勝手に感じたり、必要以上に好かれたくてもがいたり。エヴァンゲリオンの世界観に陶酔しきっていたのかもしれない。

そして、意味のない自問自答を始めていくのです。

 

自分は、この世に必要とされている人間なのだろうかと。

必要とされてないなら、いっそ消えてしまいたい、とさえも。

中学・高校・その後も自問自答は続きました。

好きな人と両思いになっても、幸せなはずの心の片隅には、常に小さな風穴が開いているような。満たされているはずなのに、満たされない心。ないものねだりの利己的な自分にまた自己嫌悪する。

 

終わらない、自分探し。

そして、姉の喪失。

姉と私。陽と陰のような存在だと思っていた。

暴力的なまでに強引にねじ曲げられた運命によって、陰と陽はひっくり返されてしまった。自分の殻にこもっている場合ではないのに、頭がついていかない。表面だけ解ったような顔をして、必死に暮らしていた。

 

 

迷いの消えないまま、平成も半分以上過ぎた頃、長男という、ひとつのいのちが誕生しました。

 

子供を愛するって、どうするのか。

育児書通りに育てることなのか。

何もかもがわからない上に、育児書や経験者の思惑に当てはまらない長男。

育てにくい子、それは私の育て方が悪いのか。

幼稚園入園までに何度発狂しそうになったか。

その頃、ある本に出逢いました。

小林正観氏の「100%幸せな 1%の人々」

苦しい時、この本を何度も何度も読み返しました。今の自分の考え方を形成するのに大きく影響したと思います。もし、ご興味があれば読んでみてください。

 

そして、次男の誕生。その年には、長男の発達についての理解を深めるきっかけとなった、とある講演会がありました。その講演会を聴かなければ、まだずっとモヤモヤし続けていたかもしれません。

その講師の方とは、昨年もう一度お会いすることが出来ました。また同じ発達に関する講演会で、今度は主催者側のいち関係者として。私の子育て観を変えてくれた恩師と言うべき方に、数年越しに直接お礼が言えて。その方に「素敵な再会に感謝したい」と言われて、今までよどんでいた心の奥底の澱が、ふわりと消えていったような気さえしました。

 

『子供は、ありのまま愛そう』

漠然とし過ぎていて、自分の中でどう咀嚼していったら良いかもわからなかった言葉。

そこに、ようやく自分の心の奥底からの感情が伴い始めてきたのです。

長女・次女の誕生。その頃には、迷いは消えていました。

4人きょうだいそれぞれに個性があり、もちろん得意不得意があり。はっきり言えば、どの子も他の子のようなお行儀良い枠に収まらないようなタイプです。

でも、それも含めてかわいらしい。

スーパーでひっくり返って泣いてても、自分が何かできないことの悔しさを無駄に八つ当たりしてきても、場所見知り激しすぎて周囲の目が痛くても、急展開過ぎる想像ワールドのごっこ遊びに延々とつきあわされても。

 

ひとりひとりを尊重したいし、楽しみを持ちつつも分別のある人になって欲しい。

好きなことは存分にしていいし、だからと言って自分の現状の課題をこなさなければきっちり叱る。

私の子供達は、みんな自分大好き。でも、そうであってくれて本当に良かった。

思春期をこじらせた私みたいにならないように、自己肯定感をそのまま持っていて欲しい。

 

気が付けば。

自分の中の霧は晴れていた。…というか、自分が必要か云々なんてここ数年考えたこともなかった。

今、私は人生で一番人に恵まれていていると、心の底から思えるようになった。

 

引っ越し前の知り合いから、いまだにLINEがよく届く。幼稚園のPTA役員のグループLINEに、相談役としてそのまま入っているだけなんだけど。新年度が始まり、新体制が動き出した様子をこっそりと見ている。3年前、押し付け合いの嫌々やってた人からのどん底からの引継ぎ、そこから当時のメンバーと1から作り直し、園の保護者全体の風通しを良くしようと奔走した日々。その志は新メンバーの方々にも広まってきているのがわかって、ついつい嬉しくなる。子供の母校と言う意味合いだけでなく、これからも地域に愛される園であって欲しいと願いながら。

 

地元とは言え、離れて暮らしていた期間が長く、学校園での保護者の知り合いもゼロからのスタート。…幼稚園の保護者の中に、幼稚園や小学校の頃一緒に遊んでいた、近所の方がいた。心細かった心が、少しずつほどけていく。

勤務先の方々は、15年以上のブランクもなかったかのように、結婚前と変わらず接してくれる。年齢的に親子くらいの歳が離れているので、今の身の上を本当に心配してくれている。それだけで、私って果報者だなぁ…と思う。そして、その方のお孫さんも私の子供とほとんど同年代なので、子育て孫育てトークに花が咲きながら。

 

そして、Twitterやブログで知り合った方々。

お互いがそれぞれ悩みや葛藤を抱えた人たち。偶然の出会いがお互いの心を癒し、次に進む勇気を与えあっている気がしています。私も救われたうちのひとりですし。

またブログでは、読んでその人の事を知ることが出来て楽しかったり、ハイレベルの文章力に刺激を受けたり、読んでもらう事で気心しれる方々の輪が広がったり、リアルとは違う、心の触れ合いが嬉しく、大事に思っています。

 

 

暗闇の中で、闇雲に光を探していた大昔の私。

でも、気づこうとしなかっただけで、ドアは目の前にあったのかもしれない。

そのドアノブを手探りで探し、開け放った瞬間。

溢れんばかりのまばゆい光が降り注いできました。

平成の長い間、愛を探していた私は、今ようやく答えを見つけて次に進んでいけるような気がしています。

 

それに気づくきっかけのひとつになったのは、まぎれもなくTwitter上の温かい方々のおかげだし、そして3000文字チャレンジで親しくなれた、こぼりさんはじめ皆さんのおかげであると思っているのです。

平成最後に、こぼりさん主催最後の3000文字チャレンジで、自分なりの愛を表現してみました。途中、まとまりなくて読みにくいかもしれませんが、ご容赦ください。

そして、読んでくださいまして、いつもありがとうございます。