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転石から歩みだす我が人生

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3000文字チャレンジ、第2シーズンの第一弾。

新たな出会いに心弾み、そしてまた新たな自分の可能性を伸ばすべく努力していきたいと思っております。そして今回は己の魂を削るくらい、全身全霊で書いています。

 

 

石。

石からまず思いついたのは映画「スタンド・バイ・ミー」の一場面。

超有名なあの線路を歩くシーン、その線路に敷き詰められた石。新緑のまばゆさと対称的なのに、少年たちの歩く道程を力強く導くかのようで、鮮烈な記憶に残っています。

そしてBen E.Kingのあの歌声。リアルタイムでは幼過ぎる頃だったのに、心を打たれるリフレインするフレーズ。

Oh, stand by me  stand by me (私のそばにいて)

今聞いても懐かしさと切なさの込み上げる、あのメロディ。何度聞いてもこの気持ちが薄れていくことはないでしょう。

 

…という事で。

今回は『3000文字石×洋楽の思い出』という新たな切り口で展開していきたいと思います。最後までお付き合いいただければ幸いに存じます。

 

石と言えば「ローリングストーンズ」。もう、そのまんまですね。

 A rolling stone gathers no moss. (転がる石には苔が生えない)ということわざは、英国と米国で真逆の解釈があるそうで。英国では変化し過ぎることを戒める言葉として、一方米国では、活発に活動し続けている者はいつまでも古くならないというポジティブなとらえ方をされているようです。

どちらがどうとも言えないのですが、いずれにせよひとところにとどまらない、変化し続けることが、自分にとっての未来に影響していくことには間違いなくて、その言葉の中に自分の人生を投影してみることもありました。

彼らの音楽自体は本当に有名な曲くらいしか知らないのですが、「サティスファクション」「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」「ホンキートンク・ウィメン」などが好きでした。

 

ローリングストーンズも活躍していた1960~1970年代の洋楽。1980年生まれの私の年齢に似合わないのですが、高校から専門学生の頃によく聞いていたものも多いのです。きっかけは日本のアーティスト、田村直美さん。しつこいくらいに私の話には出てくるのですが、私は彼女の大ファンで。そして彼女の好きだったモータウン・レーベルのアーティストを彼女がセレクトし、コンピレーションしたアルバムを聞いたこと。そこから間口を広げていったと思います。ダイアナ・ロス、ジャクソン5、スティービーワンダーなど、今でも愛されているアーティスト達の原点。今聞きなおしても全く色褪せない魅力があります。

ジャクソン5やスティービーワンダーの曲は、現代のCMにも起用されていることもありますし、ワンフレーズ聞けば「この曲がそうなのね」と思うものもあると思います。特にジャクソン5はマイケルジャクソンの前身。幼い頃の彼の声はまた大人になったマイケルとは違う魅力があります。

 

そして同年代頃にはファンクやソウル、R&Bの名曲が多く、次世代でアレンジされカバーされた曲が数多くあります。ちょうど私が二十歳前後の頃、アーケードゲームの「ダンスダンスレボリューション(DDR)」で、この時代の曲が多くカバーされています。ゲーム用にアップテンポにアレンジされた曲も、原曲もどちらも聞いて楽しんでいました。ジャクソンシスターズの「I Believe in Miracles」、オリビア・ニュートン・ジョンの「HAVE YOU NEVER BEEN MELLOW (そよ風の誘惑)」、カール・ダグラスの「カンフー・ファイティング」、ザ・ナックの「マイ・シャローナ」など、挙げていくとキリがないくらいです。温故知新というか、その当時の最新と昔の名曲が交錯して新しい価値を生み出していく。なんてクールなんだろうと思い、ゲームともども音楽の世界にもどっぷりとはまり込んでいたのでした。

 

そして時間軸をほぼ同じくして、同じく田村直美さんをきっかけに知ることが出来た、私の魂を奥底から揺さぶったアーティスト、ジャニス・ジョプリン

1970年に27歳という若さでこの世を去ってしまったジャニスのリアルタイムを知ることはもちろん出来ません。当時はやっとの思いでみつけたCDだけがジャニスを知る手立てでした。初めて聞いた時、CDから飛び出してきそうな、パワーと憂いを秘めたジャニスの歌声に、一気に引き込まれてしまいました。それは、高校から専門へ、でも当時の時代背景的に閉塞的で希望の持てない時代、そんな時代に埋もれて消えてしまいそうな自分のアイデンティティの拠りどころを彼女に求めていたからかもしれません。退廃的で愛に飢えた、そして直情的な音楽や歌詞。彼女の世界観は当時の私が持つベクトルのひとつであったと言っても過言ではないでしょう。そして時代を超え今、YouTubeで彼女の当時の映像を見ることが叶いました。映像の中の彼女は、私が思っていた以上に輝いていて、それでいて儚いものでした。もし今彼女が生きていたら…なんて陳腐なことを思い浮かべては、違和感を感じて頭の中でかき消すのです。

 

ローリングストーンズから始まった、私の洋楽のルーツを辿る3000文字。

私を転がっていく石に例えるとするなら、一番の急流は10代後半から20代前半までだったのでしょう。希望と絶望の交差する中、いくつもの音楽に出会いました。それらは私の心の中に確かに根付き、生きる力を与えてくれました。

そして、この急流のというべき環境下で心を奮い立たせてくれた、自分の中で大きな存在であるアーティスト。それはボンジョビです。きっかけは同じくしてDDRの系列の音楽系ゲーム「ギターフリークス」または「ドラムマニア」で使用されていたこと。ギターやドラムの疑似体験が出来るゲームで、私は当時ボンジョビを弾いていた(つもりでした)。本来高難易度のボンジョビの曲、そして私は楽器は全くできない不器用さん。それを疑似体験でも演奏したつもりになったのは楽しい気分でしたし、そしてボンジョビの世界観をさらに身近に感じることが出来たのではないかと思います。

厳しい時代背景に、人生をこじらせた私のような人間が偉そうに語ることなどないと思うのですが、ボンジョビの音楽も確実に私を救ってくれた。特に「It's my Life」「Livin' On A Prayer」など。日本語訳を知らない方はぜひ見て欲しいと思います。

 

一歩間違えば、転がったままどこかにドロップアウトしていたかもしれない、私のちっぽけな石ころのような運命。学生時代はそれもいいかな、なんて変に斜に構えていた日々。しかし、そのたびに力を与えてくれていたのは、まぎれもない、私の愛する音楽たちであり、その時代に紡ぎだされた、魂のこもった歌詞たちなのだから。

 

 

Try...Just a little bit harder.

もう少しだけトライしてみて

I can't get no Satisfaction

でも満足なんかできていない

Livin' On A Prayer

そう祈りながら生きているの

I just wanna live while I'm alive.  It's My Life.

命ある限り精一杯生きよう それが我が人生だから

 

 

やはり私にとっては【No Music No Life】であることは間違いない。

ありがとうございました。