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My Favorite Place is...(①)

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※これは、なかのさん主催の3000文字チャレンジ、お題「好きな場所」の記事です。

この物語は妄想に基づくフィクションです。

 

 

出逢いは突然だった。そう、たいして飲めない私が見知らぬBarに入ったのは、物足りない気持ちを誰かが満たしてくれるかもしれないからと思ったから。元々不器用な女だった。合コンも空回り、片思いの人にもアプローチできないまま終わっていく、つまらない毎日。

ありていに言えば、刺激が欲しかったのだ。この乾ききった女に、溢れるほどの刺激と潤いが。自分でもあさましい女だと自覚していた。しかし、婚期と言われる世代の終盤に差し掛かる私には、変な焦りと欲しかなかった。自分でもおかしく思っていた。

 

そんな時、横に見えたあなたはひどく魅力的で。一目惚れだった。落ち着いたオトナの男で、スーツ姿からのぞかせるがっちりした身体は本当にセクシーで。見とれながら、ハイボールをちびちび飲んでいた。不意に目が合う。ドキドキして目をそらす。しかし目が合ったのに気づいたあなたは、私の隣に席を移動してきた。

「こんばんは、ひとりで飲んでるんですか?」低くて、渋い声。心臓がドクンと鳴る。「え、えぇ…」言葉に詰まる。あなたは柔らかな笑顔で私をみつめる。

息が止まりそうだ。そんなに見つめないでよ。あなたの目は銃のようで、そして確かに私を撃ち抜いた。恋をするのに理屈は要らないなんて、冷めた態度で聞き流していたのに、胸の鼓動が止まらない。お酒のせいじゃない、それは自覚していた。そう、私は確かにたった今、恋に堕ちてしまったのだ。

あなたは物腰柔らかで、それでいてスマートで、お茶目さも持ち合わせている。私からしたらパーフェクトな男性だった。話は聞き上手で、さりげない気遣いも忘れない。飲めないお酒をちびちび飲みながら、頭は異世界に飛んで行ってしまったようだった。

 

「あぁ、この人に抱かれたいな…」あまりにもストレート過ぎる欲望が、私の頭の中をぐるぐると巡り始める。話も上の空で、とにかく距離を縮めたくて。そんな欲望にまみれた私のまなざしは、あなたにはどう映っているのだろうか。考えるのも恐ろしいほど。でも、それでもあなたから目が離せなかった。

 

酔ったフリをしながら、接近のチャンスを狙う。ぎこちなく寄っていく右手。しらふで考えたら、吹き出しそうなほど不自然な動きであなたとの距離を縮めようと試みる。ようやく、私の右手があなたの左手を捉える。小指で、そっとあなたの手の甲をなぞる。その瞬間、私の小指はやわらかく握り返された。言葉にならない衝撃、そしてあなたは手を握ったまま私をみつめる。駄目だ。力が抜けていくような気分。全身が痺れていくような感覚に襲われる。そのまま手は恋人つなぎになる。…恋人でもないのに。しかし、強く絡み合った指の感覚は驚くほどに恍惚で、砂地のようだった私の心を満たすのは容易な事だった。

「…どうしたの?」ニヤニヤとちょっと意地悪そうな顔で私をみつめる。繋いだ手はそのままに、彼の右手が私の腰にまわる。そう、ハグされてしまい、更にうろたえる。彼が私の耳元で囁く。

「酔っちゃった?大丈夫?…少し、休んでいく?」

何十年も前から使い古されたような、陳腐な誘い文句。でも、そんな陳腐で安易な誘い文句に乗ってしまう、愚かな私がいた。

 

・・・

・・・

 

甘いひと時を過ごし、ベッドの上からけだるく天井を仰ぐ。

数少ない恋愛経験ながら、私がいつも思う事。

ホテルの一室と言うのは、足を踏み入れた瞬間にもはや現実であって現実でないような、不思議な空間に思えるのだ。ここで起こったことは全てが夢のようで、リアリティを感じない。それは、ここで何があってもこの空間にいる二人だけが赦しあえるような、言わばサンクチュアリ(聖域)のようだと。だから、私はこのホテルの一室が狂おしいほど好きなのだ。

彼はシャワーを浴びている。私は寝返りをうち、枕もとのスマホで時刻を確認する。…良かった、まだ終電には間に合う時間だ。

 その時。

彼のスマホが鳴った。女性の名前からのLINEの通知が否応なく目に飛び込んでしまった。

『明日は早いからお先に寝てます。明日の朝のゆなちゃん保育園送りはお願いしますね。』

それを見た私の感想は、やはりか、だった。多分そうだろうな、とは思っていた。こんないい男、売れ残ってるはずがない。でも不思議なことに嫉妬も悲しさも寂しさも嫉妬も湧き上がってこなかった。自分でも不思議な感情だった。

この私は、罪に問われるのか。知らなかったで済まされるのだろうか。じゃあ知っていたら?

カチャリと音がして、彼が浴室から戻ってきて、バスローブのままベッドに座る。私は体を起こし、彼の横に座る。そして私から、彼の背中に腕を這わせる。

 

非日常の空間でしか味わえない、こんな瞬間。

大きい背中をゆっくりと撫でてはその感触を焼き付けようと試みる。そんな私の気持ちを知ってか、彼が私の唇を塞ぐ。メビウスの輪のようにエンドレスで続けていたい、甘いひと時。

これは罪なのか。…罪と言われてもいい。このまま、堕ちてしまいたい。

 

出来ることなら、この部屋の空間ごと切り取られてしまって、異空間に投げ出されてしまったらいいのに、なんて考えてしまう。そうしたら、あなたとこのまま、ずっと居られるのに。

 

しかしながらそんな事は起こるわけもなく、あえなく夢の世界から現実へ引き戻される時が来てしまった。すっかりと元の姿に戻った二人は夢の空間へ通じるドアを閉め、それぞれの帰るべき場所に向かって歩きだす。乗る路線も真逆の二人は改札で別れを告げる。電車を待つ間、スマホを開く。さっき交換した彼のLINEをみつめる。お気に入りに入れ、非表示にする。通知ももちろんオフにする。これで、彼への思いは完全に密やかになった。瞼を閉じればさっきまでの濃密なシーンが思い出され、ドキリとする。

 

ちょっと悪くて、優しくて、カッコ良くて、ずるくて、でも大好きなあなた。

もう二度と会えないかもしれない。でも、簡単に忘れられないあなた。

 

最寄り駅で降り、とぼとぼと歩く。ホテルの一室が非現実の空間なら、自宅は完膚なきまでに現実の極めつけのような空間で。自宅まで約500メートルだと言うのに、頭の中はすでに自宅の中を歩き始めている。

あぁ、明日は仕事だった。帰ったらまずは明日の仕事に着ていく服を決めよう。それから簡単に片づけもしないといけない。そう、甘い思い出は時間が経つにつれ氷の解け過ぎたハイボールのようにその味や鮮明さを失い、いつかは廃れていってしまうのだろうか。

 

意を決し、自宅のドアを開ける。なるべく音を立てないように静かに歩く。部屋の奥で、明かりがもれている。そっと覗くと、ゲームをしている男がいた。

「しょうくん、まだ起きてたんだ…」思わずぽつりと言う。

「あぁ、おかえり。遅かったな。今夜は1時からビッグイベントがあるからな。仲間と軽くキャラ育てながら待ってるんだ。」

これが、同棲している私の彼。最近はもっぱらソシャゲばかりで、アルバイトにも行かなくなってしまった。いわゆるダメンズを彼に持つ私。いつか離れた方がいいのに、なんとなくの惰性と次なる出会いの無さで二の足を踏んでいる。なんてダサい私。

「なぁ、今日はえらく遅かったな?なんだ?飲んでるのか?」急に問い詰めてくる。

「仕事の付き合いだから…。あ、明日も早いからシャワー浴びて寝るね。」慌ててバスルームに向かう私に、彼は追い打ちをかける。

「オトコ、作ろうとしてるんじゃないだろうな?…許さねぇからな。」

彼に聞こえないように大きなため息をつく。

 

あぁ、あの非現実の空間に戻りたい。

あの場所が私が私で居られる、大好きな場所なのに。

 

しかしその願いは叶うことなく、現実に埋もれていくのだった。

 

Fin

 

続編があります。こちらからどうぞ。

kozuechan.hatenadiary.jp