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なんとなく思ったことについての件

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こんばんは、梢です。

うまくまとまらないかもしれないのですが、とりあえず文章にしてみることにしました。noteで書こうかとも思ったのですが、そこまでちゃんとしたものが書ける自信がなかったので。

 

ご存知の方も多いと思いますが、私は今夫と別居中で、お互いの弁護士を通しつつ、日々イヤーなやり取りを続けています。

今の交渉の議題として挙がっているのは「子どもとの面会交流」ってやつでして。

今のご時世、例えわが子に暴言吐いて傷つけてた人間でも親は親ってことで、面会交流をかなり推してくるのですよ。児相とかもしなきゃいけないですよーって言うし。

半月前くらいに向こうの弁護士から送られてきた文書に「直接的な面会交流を拒否されたことは遺憾です。手紙での交流はしていく次第です」的なことが書いていたので、「はいはい、わかりましたよ」と思いながら過ごしていたわけです。

 

そしたらね。

「上記のことについて返答がなかった。」みたいな文書が届くわけですよ。

WHAT?ってな感じですよ。うちの弁護士とも言ったのですが「アレに回答っているんだったん?」みたいな。結局「返事は強要しないでね☆」みたいな返答をしてもらう事にしたのですが。

ちなみにわが子達に言ってみました。

「パパから手紙が届くかもしれん」って。そしたら、

「えぇー!ヤダ!」とか、「返事せんでもいいの?」とか、そんな反応しかないわけですよ。…別に私が吹き込んでるわけでもないんですよ。私はあくまでも夫を意図的に悪者にしようと思っているわけでもないし。

 

 ・・・、一応夫は私や子供に対して暴言や暴力が少なからずあったわけです。でもね、そこを相手に突っ込むと「行き過ぎたしつけだった」とか「こちらにも非がある」とか言う訳です。はっきりとした違法行為のようなものがない限り、お互いが正しいと主張するだけの、ただの平行線。

 

世間一般的な「正論」ってのは、正面から見ると「確かにそうだ」と思えるもの。

でも、見る角度をちょっと変えると「あれ?」ってなることも少なからずあると思うんです。

 

昨日の職場にて。いつも職場の先輩の女性はお昼ご飯を食べながらヤフーニュースをネットで読んでるのですが。その記事で目に留まるものがあり、二人でそのニュースについて話をしたのです。

 

ちょっとまた聞きで多少うろ覚えなのですが。

とあるお父さんが、我が子に対する虐待を疑われ、我が子と引き裂かれてしまったと。

それまでしっかり子供の面倒をみるお父さんだったのに、とある時体調不良の子供を外出に行く行かないのようなことで妻と口論になり、顔面を引っかかれ流血してしまった。その傷のまま子供の体調不良のため病院に連れて行ったところ、「子どもの面前での夫婦ケンカは児童虐待である」と言われ、病院から警察・児相に通報、そして子供は父親と離れざるを得なくなったと。

多少間違えてたらすみません。

 

この話、どう思います?

会社の先輩は私の家の事情をすべて知っている方で、この話題に触れにくそうにしていましたが、私は気にせず話しました。

 

病院の方も、100%間違えているわけでは無い。警察も、児相も。

でも、子どもの健全な育成のための法令なのに、どこでどうボタンを掛け違えてしまったのでしょうか?

 

その逆のケースもニュースになりましたね。虐待の事実があったのに、児相が踏み込めず、悲しい結末になってしまったこと。

 

私が夫との別居に踏み切り、逃げるように子供と自宅を出たのは今年3月初旬の事。

捜索願を出した夫からの依頼で、実家経由で私のもとに連絡が入りました。緊張が走る中「夫・義母からの暴力・暴言から逃げました」と告げた時。

・・・

私は担当してくださった警察の方・区役所の方に助けられました。私の言い分を聞いてくださり、保護してもらえることになりました。

 

様々なニュースを見ていて思ったのは、当然の「守られるべき人」への権利が、その担当する人のさじ加減で、運命は変わってしまう。

それって非常に怖いと思いませんか?

今はそういったセーフティネットに助けを求めることなく暮らせている方には到底イメージがわきにくいと思いますが、「もしも」の世界はいつかあなたにやって来る…かもしれない。

 

SOSの出しにくい世界・またはSOSのベクトルを間違えてしまう世界なんてあって欲しくないなぁ…とつくづく思ってしまったのでした。

 

そして、話は自分の事に戻るのですが。

私には私の信条における「筋」を通して暮らしているわけなのですが、それは夫のいう「正論」とは違うベクトル上に存在しているのかもしれません。

DV・モラハラ・子供への暴力・暴言による虐待。同居中私がそれを主張したところ、「お前も子供に虐待をしているじゃないか」と。

例えば不可避な状況下の殴り合いの夫婦喧嘩。面前DVを見せてしまったと言えば、私も立派な児童虐待者なのかもしれません。

なので、私は必要以上に「正論を振りかざすこと」「人を非難すること」に臆病です。だって、見る角度によれば、私も過ちを犯しているとも言えなくはないでしょう。

でも、だからと言って受け入れがたい事や曲げられない信念はあります。

 

最近、やたらとSNS上でも上っ面の正論を振りかざし、人を攻撃する人もいるようです。

でも、角度を変えて、冷静に見てみて、

「そうやって非難するのは世間一般的な正論であっても正しい事なのか?」

と、改めてわが身を顧みた方がいい時もあるのかもしれません。

 

昔からよく言いますよね?

人を非難するとき、人差し指は確かに相手に向いているが、残りの指は自分に向いている。

とか、

人を呪わば穴二つ

とか。

 

日々、心は消耗するばかりですが、それだけは忘れまいと、人の非難合戦のような土俵には上がるまいと、自戒を込めて暮らしているのです。