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『家族サービス』って何だろう。

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こんばんは。

夫と別居し、立場上ウルトラ中途半端な、シングルマザーになれないのにシングルで子育てマザーのタコこと梢です。自己紹介長すぎですみません。

小中学生を見送り、末っ子を幼稚園へ送ってから出勤し、預かり保育終了のギリギリまで仕事してお迎えに行ってヘロヘロのまま晩ごはんを作る毎日です。晩ごはん作る片手間にこっそりツイッターのタイムラインを追うのがささやかな楽しみなくらいです。

あ、あとだいたい一日の家事などが終了した後に夜中ちょっぴり呑むのも。

 

職場はカレンダー通りの休みなのですが、週末は週末でそれなりにやる事も多く。

学校園の行事(4人分)、子供の所属するスポーツクラブの試合への随行もしくは応援、外出ごとがなければ洗車・掃除・片付かない子供部屋のガサ入れ(片づけ)、スーパーでいつもよりゆっくりめに買い物してちょっと手のかかる料理を作ったり…。なんせ低学歴の低スペックな母ですからね。こんなので軽く一日つぶれてしまいます。

それでも週末、天候と子供の体調が良く、他に何も行事と重ならなければ、ふらりとどこかへ行楽へ行こうと計画します。しかしながらテーマパークとか派手な旅行とか、ご予算のかかるところはほとんど行けません…(汗)

だいたい動物園とか水族館、緑地公園、今からの季節ならフルーツ狩りとか…。

しかもわが子達は4人ともワガママさんというか、主張が強いというか、気難しいというか…。まあとにかく全員の意見を集約するというのは至難の業なのでございます。

それでもお出かけしようと思うのは。

 

まだまだ別居前、まだまだ「ちゃんと主婦業しなきゃ!」と気負っていた頃。

子供は幼い、まだまだお出かけしたい年頃。一方夫も同居の義母も究極のインドア派。なのに「子どもと行楽に行こうか」みたいな無責任な無茶ぶりを振ってくるのですよ。

大阪市内から車の移動で片道1時間程度で、コスパの良くて、自然があって、更に温泉でも入れたら最高!な日帰り旅行」なんて、意味不明なオーダーが入るワケです。

ツアープラン発案者であり、ツアーコンダクターであり、往路も復路も基本的に運転手であり、仕出し弁当作成のおばちゃんであり、子守担当なのは、もちろんわたくしめなのでございます。そして、この謎ツアーが終了し自宅へ到着すると、荷物の片づけと晩ごはん作成が当たり前のごとく待っております。

さらに、ツアーコンダクターのプランの段取りが悪いと、情け容赦なくクレームが入ります。「あんなところで渋滞に巻き込まれて到着が遅くなった!道の選定が悪い!」とか「週間天気で暖かいって言うから軽装で来たら寒かった!私を風邪ひかせる気⁉」とか「立ち寄った温泉の施設がボロかった、イマイチな所を選ばないで!」とか「なんだかんだ言ってしょうもない施設の割に入場料が高かった。」とか。

もうね、知らんがなの知らんがな、です。キング・オブ・知らんがなですよ。

…これって絶対世間一般の家庭と違うよなーとは思っていましたが、不可避でしたねぇ。

 

そこで本題に戻るのですが。

『家族サービス』って何なんでしょうね?いや、家族のために何かするのは当たり前なのに、なぜあえて「サービス」と誇張するのか。

この言葉は世間一般では浸透しているのですが、今の自分から考えてもどうもしっくりこない。よくパパが「よし、週末は家族サービスするぞ!」って言うと、なんだか違和感を覚えるのです。

ちょっとひねくれた考え方をすると。

パパ「俺は一週間しんどいけどよく働いて稼いだ。その上お出かけを予定してやったんだ!どうだ、がんばってるんだぞ。」みたいな。なーんか上から目線に受け取ってしまう。いや、うちの夫に比べたらはるかにはるかに素晴らしいんですよ。素晴らしいんだけども、その言葉の表現がね、ってだけの話なんです。

多分ね、それをごく自然なことに捉えて無意識にできる方というのは、きっと「家族サービス」なんて表現を使ってないんじゃないかと思うのです。

意識してツイッターを見てはいないのですが、知り合いの垢のだいたい子煩悩な親御さんというのはそういう言い方してないんじゃないかな、と思います。その表現を使う人は普段子供に家の事に関わる機会の少ない方のような、個人的見解を持っています。違うよ、って方がいましたらすみません。

 

話を戻して。

行く前も苦労・道中も苦労・帰った後も苦労・更にあとあとまでネチネチと繰り返されるクレーム。こんな理不尽な思いをしながらも、どうにかお出かけをしようと思っていたのには理由があるのです。

 

それは、子供たちが目を輝かせて「お出かけ、すっごく楽しかったね!最高だった!」と言ってくれること。

大人たちにとっては陳腐でつまらない、不自由なお出かけと文句タラタラでも、そういう体験の少なかったわが子達にとっては一つ一つが楽しくてたまらない大事な思い出になっているのです。別居前に行ったお出かけの事を今でも思い出しては「あの場所は楽しかったなー。もっともっと長く遊びたかったと思うくらい楽しかった!」とか言ってくれます。ちなみにその場所に長居出来なかったのは軽装で来た義母が早く帰ろうと言ったからなんだよな…。と言うのも最近子供に明かしましたが…。

 

子供は親を選べない。他の家庭よりも圧倒的にそういう体験をする機会が少なかったように思うわが子達に、これからも貴重な体験をし、楽しみながらそこから何かを感じ、自分の糧として欲しい。

そして、それと同時に私も思い切り楽しみます。子供に「サービスしてやってる」のではなく、「共に楽しむために行く」なのです。

 

子供達と話し、行ってみたい候補地はまだまだたくさんあります。土日のスケジュールも過密なのですが、ちょっとずつ行けたらいいなぁ…。