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Xさんへの懺悔~3000文字Twitter~

まず。Xさんとは誰かというと、元々の知り合い以外の、Twitterで親しくさせていただいていた友人の中で一番古く、一番最初に色々な身の上話を聞いてもらっていた方です。今は訳あってほとんど交流はありません。Twitterというお題でふとXさんの事を思い出し、今回懺悔という形式で記事にさせていただくことにいたしました。現時点での交流はないので、もちろんご本人に了承をもらえたわけではありません。なので、Xさんに関する情報は年齢や職業など、すべて伏せさせていただきます。

 

まず、私がTwitterを始めたのが2018年の7月末。Xさんの存在を共通の知り合いから知ることになったのは、9月頃でしょうか。私の当時のアカウントは、「おばばいそん」と名乗っていた頃であり、Xさんと知り合った前後の頃に、これまたTwitterで知り合った「あおき3」さんの影響により「梢」と名乗り始め、そのうち爆乳ライダーまでくっつけることとなったのですが。その頃は私のフォロワー数も数百人くらいで、まだまだメンションやDMなんかも上手くこなせていなかった。でも一番Twitterに楽しさを見出し始めた頃でありました。

 

Xさんの最初の印象。ツイートを一目見て「この人は本当に頭がいい人なんだな」と瞬時に思いました。言葉のチョイス・リプの返し、すべてがクールでキレがある。最近はTwitterでやたら意識高い事を並べては一生懸命に有料noteを販売している方などもいるようですが、そんな取ってつけたような言葉ではない、ひねりがあってそれでいてジョークも含んでいる。私も駄文書きとは言え、活字を愛し、活字に息を吹き込む者として、Xさんの才能は本当に嫉妬する余地もなく心から素晴らしいな、と思ったのでした。

なので、私がXさんにある頃から話しかけるようになったのも、ごくごく自然な事でした。Xさんとのリプのやり取りはそれはそれは本当に楽しいもので、実生活の嫌なことも薄まるくらい楽しくて、その頃から「ツイ廃」になっていったのでしょう。

 

そんなある日、ひょんなことからXさんにDMを送ったのです。それは特に意味はなく、ちょっと表のリプでは書きにくいんだけど、このツイートのここはこういう意味だったんだよ、なんていう他愛もない内容でした。…多分、初めてのDMだったと思います。そうか、DMってLINEみたいで便利だなぁと、まだまだTwitter素人丸出しで感心したのでした。そこから、表のツイートでもやり取りは続けつつ、XさんとDMで世間話をするようになりました。「米津玄師のCD借りたよー」と言えば、「米津玄師はいいよねー」と返って来たり。DMの返事が遅い時はなんとなく寂しくて。でもそのしばらく後に「今日は○○に行ってたの」とDMが来たのを見たら、「そっかぁ、私も今日は出かけてて忙しくてね」なんて。そして、初めて私に勧誘系DMが来た時。その時の勧誘系DMは、今のようなテンプレでなく、「あなたならツイートのセンスあるし、マネタイズできると思いますよ」とか個々人に宛てたもので、「いえ、私は遊びでTwitterを使ってるので、興味ありません」って返しても「いやいや、才能がもったいない」とか食い下がる。そのやり取りをしているうちに何だか気味が悪くなって、私はXさんに「こんなDMが来た(TT)」とDMで泣きついたのです。すると、「私のところにもしょっちゅう来るよ。律儀に返してたの?(笑)」って返事がすぐに来て。すごく安心して、スルーすることが出来ました。

 

不思議な感覚でした。お互い住んでいる地域くらいは知っていたものの、これまでの人生の中で全く接点のなかった人と、まるで昔から知っていた友人のように、文字を介して会話している。しかも、私にとってXさんは親友のように勝手に思うほど、自分の中で頼りにすることが多くなりました。なので、家庭内の不和の事も、その頃から少しずつ話していくようになりました。でも、まだXさんとのDM以外の部分では「爆乳ライダー梢ターボ」として、リアルでの葛藤は見せないようにふざけたツイートばかりをしながら。

 

そんなやりとりを続けつつ、11月も半ばにさしかかったある日。

家庭内でついに決定的な事件が起こります。アメブロでも少し触れていた事件の背景には、実はXさんとのDMのやり取りがありました。

混乱の最中、藁にもすがる思いで「助けて」「ついに恐れてた事が起こってしまった」とDMしました。多分、忙しいだろうから返信はすぐには来ないだろうと思いながら。

それなのに、思っていた以上に早く返信が帰って来ました。「大丈夫?」とか、そういう内容でした。そこから数時間の間、憔悴した私にずっとつき合ってくれました。当時の記録はすでに無く、記憶もあいまいなのですが、ただひとつ忘れられないのは「他人が身勝手な事を言うのも何なんだけど、梢さんももうこんなに揉めるんだったら故郷に戻った方がいいのかもしれないよ。」と言われた事。多分、自分の中でずっと思っていたことを第三者であるXさんに言われ「やっぱりそうだろうなぁ…」と、じわりじわりと決断を固めていった気がします。

 

その後も何度もDMであれこれ相談しました。でも、Xさんも忙しくなっていたようで、返信が遅くなってきます。当時憔悴しパニック状態が続いていた私は本当に心細くて。

本来そんなに他人の身の上のゴタゴタに巻き込まれていい気分ではないだろうとか、相談に乗ってもらっているのに返信を急かすなんてワガママ極まりないとか、当たり前のことが考えられなくなっていました。パニックのまま、混乱した頭の中を全部ぶつけてしまう、そんな事が数日続きました。

 

リアルの方でも混乱しつつもひとつずつ公的な所に相談したり、リアルの知り合いにも少し話していくうちに、私はふと気づきゾッとします。

なんて身勝手な感情で、Xさんを変な騒動に巻き込み、迷惑をかけまくっていたんだろうと。

いてもたってもいられず、XさんにDMをしました。

「今まで、めちゃくちゃ身勝手に振り回してゴメン!こんなのに巻き込まれて、しんどかったよね、本当にゴメン。なんとか自分で解決してみるから!もうDMは送らないと思う。本当にごめん。」というような内容だったと思います。そして、XさんとのDMの履歴を全て消してしまいました。

 

…本当に、今思い出しても最悪の人間だったと思います。でも、このままでは依存しっぱなしになってしまう。オモテのツイートでは前向きに、偉そうなこと言ってるのに、こんな弱くてみっともない人間なんて何の価値もないと。

それ以後、私は自分の家庭の問題に向き合い、リアルの人の手助けもありつつ、進めていきましたが、どうしても処理しきれなくなった負の感情が溜まり、そしてアメブロや本音垢を作ることになったのです。

Xさん以外にも、その当時けっこう愚痴愚痴ばかりぶつけてしまった人もたくさんなので、本当に私という人間は進歩がないなぁ…と自己嫌悪でいっぱいなのです。

そして年が明け2019年、XさんはだんだんとTwitterから離れていってしまい、もうもしかしたら直接言うことができないかもしれないと危惧し、2020年の年明けに、自分へのけじめとしてこうして懺悔させていただくことにいたしました。

もう届かないと思うけど、Xさんのおかげで一歩踏み出し、そして今故郷でこうやって穏やかな気持ちで過ごしている。この恩を直接Xさんにお返しすることは出来ないだろうと思うのですが、私は一生忘れることはないでしょう。そして、Xさんに何かあった時、もし私を頼ってくれるのなら、出来ることは何でもしようという思いをいつも胸に秘めてます。

 

結局のところ、私が思うTwitterには、人の心が垣間見え、そして良くも悪くも人間臭いもの。それがしんどくてそっと画面を閉じることもあるし、やるせない日は時間を浪費してでもTwitterに交錯する様々な人の機微に触れたくなる。人の心の闇につけ込む者もいれば、人の悲しみ苦しみに寄り添うものもいる。

結局は非リアルのようで、リアルが交錯する場所。

でも、やめられないんだなぁ…。だって、Twitterで今繋がりのある人たちが好きだから。

いつもありがとうございます。

そして、Xさんが今も笑顔で暮らしていますように。