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虐待のトリガーってなんだろう。

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こんばんは、ここでの記事もお久しぶりです。

…実は、はてなProの更新を忘れておりまして(汗

慌てて支払いをして更新したものの、記事を書かないともったいないなぁって。

しかし、別ブログのドメイン更新はしていないので、もう一つのブログのリンクが切れているという体たらくです。でも、このブログは自分の中では大事なので、ぼちぼち更新していこうと思っています。

 

本日(3月8日)は、我が家にとって大事な日であります。別居を始めた日という事で、子供達と改めてたくさん話をしました。去年、夫(子供たちにとっては父親)の暴言・時々軽い(?)暴力に耐えかねて、家を飛び出したわけなのですが、1年経ち今の状況はと言うと、

離婚・・・親権で双方譲らないので合意に至らず。

調停・・・夫側の家裁で起こしたので、遠方まで出向かないといけないのがネックとなり、そして調停でうまくいく感じがしないのもあって取り下げ。

別居にかかる生活費・養育費・・・当たり前だけどもらえるわけないよね。

児童手当・・・なんとかこちらに入るようにできました。

ひとり親手当・・・離婚が成立してないからもらえないよね。

健康保険証・・・すったもんだした上で、私の会社で作ってもらえました。

まあ、けっこう宙ぶらりんですよね。大損な状況なのはわかっていても、打開策がない。双方の弁護士経由でも、ここ最近は半年以上音沙汰もなく、事実上の膠着状態。 もっと早く決着できるかと思っていたのですが、一年経っても現実は厳しいですね。

 

話がそれてしまいましたが、本題に戻すと。

そんなこんなの話をしていた際、もうすぐ10歳の次男がふと聞いて来ました。

 

「お母さん、虐待をする大人って、なんで虐待するんだろうね。」

 

・・・この質問がとても深く、考えさせられたので、こうやって文字に起こそうと思ったのです。上手く表現できるかは分かりませんが、その時話したことを思い出しつつまとめようと思います。 

まず、他の人の事はなかなか考えにくいので、我が家のケースで考えてみることにしました。虐待と明言できるほどひどいものであったかは私の尺度では判断できないのですが、父親・父方の祖母から暴言を受けていた時。

『子供が意のままに動かないので、動かすためにやった』というのが一番しっくりくるような気がしました。

しかしながらこの尺度もものすごい抽象的で、さらに範囲が広すぎる。

ひとつひとつわが家のケースを例に挙げていくと。

・宿題をするのが遅いので、ゲーム機を取り上げた

・地域のお祭りで散財したので、遊びに行くのを禁じた

・近所の公園で騒ぎ過ぎたので、遊びに行くのを禁じ、「家に恥をかかせたから」と反省文を書かせようとした

・父親と出かけようと言われ、気乗りしないのであやふやに断っていたところ、「お前のせいで時間を浪費した」と怒鳴りつけながら謝罪させた(軽く殴った)

・勉強が振るわない、言う事を聞かないので、「○○川に捨ててこようか」と祖母から再三脅された

 

この例に挙げる、子供の行動というのは、ある程度どこの家庭でもありうるし、親としては注意をすべき事案なものももちろんあるのですが。

それに対する解決方法がちょっと強引すぎると、子どもにとって心的負担になり得るのかと思ったのです。

 

多くの虐待のケースで「しつけだった」とも言いますが、じゃあ、どこまでがしつけの許容範囲なのか。

赤ちゃんが泣くのは当然なのに、それを「うるさい」とシャットアウトするのか。

幼児がたくさん喋って遊ぶのも、どこまでが微笑ましくてどこまでがうるさいのか。

食べこぼすことも往々にしてあるけれど、どこまでを許してどこまでがダメなのか。

学校での成績・その他生活態度なども、どこまでを求めているのか。

 

全ては『親の尺度』にかかっているのです。

そう言う意味では、私と夫・義母との尺度には大きな開きがありました。そして、子どもがその尺度に従わなかった時のペナルティの与え方も、考え方に大きな開きがありました。

或る意味、「子に求める理想が高かった」のかもしれません。それだけでは罪にはならないのでしょうが、その理想に近づかない子供に過剰なプレッシャーやペナルティを与えるのは、適切ではなかったんだろうと。

そして、「妻(嫁)も思い通りに動かない」事に苛立ちを感じていたようなので、再三私にも厳しい言動があったんだろうと。

 

質問の答えとして、次男にはこういう話をしました。

親は、子どもに対して、こうして欲しいと思う事があって。その考え方の幅もすごく広くて。例えば「部屋をキレイに」という言葉は、どこまでの事なのか。パンくずひとつ落ちるのも嫌なのか、それともせめて自分の物を整理整頓して欲しいというのかというのでも大きく違うし。お父さんはどちらかと言うと細かいところまで気にする人だったね。そして、それがちゃんとできなかった時の怒り方も親それぞれ違う。それが許せないと強く思う人は、子供に強く当たって、どんどん進んでいくと、虐待みたいになっていくんじゃないかな…、と。

これがベターな答えだったかは今でもわからないままです。

 

もちろん私も叱る時はみっちり叱ります。危険なことや人として筋が通らないことをしたとき、人に迷惑をかけた時など。でも、人間としての人格は否定しないような言葉を選ばなくてはと、人一倍気をつけています。

 

虐待をなくそう、なんて社会的通念で皆思っているのになかなか実現しないのには、『親の尺度』という抽象的であやふやな価値観の上に子育てが行われているから、なのかも知れないと改めて思い、自戒も込めてここに書き留めた次第です。

まとまらない文章でしたが、お読みくださりありがとうございました。

 

 

別居直後の暮らしを綴った記事はこちらです。 

kozuechan.hatenadiary.jp